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裁判の見所(1)―証人調べ
1.あなたが裁判員になった場合、一日中、場合によっては数日間、法廷で裁判をみることになります。その間、ずっと緊張感を維持するのは大変だと思います。
そこで、裁判の見所をお伝えしようと思います。裁判は、劇や歌舞伎などと違いますが、それでも「見所」は、あるのです。
裁判の華は、証人調べです。とりわけ反対尋問です。
刑事事件の否認事件では、検事は、事件は被告人の犯行であって有罪であると主張します。これに対して被告人及び弁護人は、否認事件であれば、いや被告人の犯行ではない、あるいは被告人がやったとしてもこのような理由で無罪だ、と主張します。検察の立証しようとしている事実があるのかどうか、それとも弁護人の主張することが事実なのか、裁判員は、それを判断することになります。
客観的な証拠(物証)や供述を録取した書面(調書)だけでは、判決は下せません。物証は、それをどう解釈するかの余地がありますし、調書は、供述をそのまま伝えているかどうかの問題があります。今までの刑事裁判は、調書に頼りすぎていたのではないか(いわゆる「調書裁判」ですね。)、という反省が、今回の裁判員裁判の登場する理由のひとつです。
裁判員や裁判官は、証人の証言から、心証を形成することになります。
証人調べは、まず、証人を申請した側から尋問がはじまります。これを主尋問と言います。主尋問は、概ね調書などを中心に、検察官、弁護人と証人の事前の打合せどおり進みます。
これに対して、反対の当事者、弁護人から行なわれる尋問が反対尋問です。反対尋問では、尋問をする者は、罠を仕掛けて、獲物を追い込み、これを仕留めることが目的となります。
2.例えば、ある売買契約の有無が争点となったとしましょう。
平成○年○月○日の日付の入った売買契約書も証拠として提出されています。相手は、売買が有効と主張します。こちらは、それが無効と主張します。
証人調べが行なわれることになりました。証人は、相手の本人、契約の当事者です。 当方の契約者は、すでに死亡しています。
ここで、当方の弁護士某先生が登場します。
某先生 証人は、平成○年○月○日に、契約をしたことに間違いがありませんか。 証人 はい。 某先生 なぜそういえますか。 証人 確か、その日は誰それの△歳の誕生日でした。 某先生 他に理由はありませんか。 証人 (何か考えているようにしたあと)そうそう、契約の席で、 こういうようなニュースを見ました。 某先生 (契約書を証人に見せて)この契約書に張ってある印紙は、 その時にあなた貼ったものに間違いがありませんか。 証人 はい、間違いありあません。 某先生 何故、そのように言えるのですか。 証人 契約の前の日に、どこそこの法務局で買ったのを覚えています。 裁判官 (某先生の執拗な質問に、いらだっているようです。) 某先生 証人は○年○月○日、だれそれの△歳の誕生日、そうこういうニュースを見ながら、 契約書に双方が署名捺印し、その日、契約の前日に買った印紙を貼ったということですね。 証人 はい。 某先生 (おもむろに、「印紙税詳解」という本を取り出し、その本の中の、 契約書に貼られている印紙と同じものを指差し、同じ物であることを確認させます。) この印紙の発行年月日は何時になっていますか。 証人 ×年×月×日です。(×年×月×日は、○年○月○日の数年後です。) 証人 (事情が飲み込めず、それがどうした、という風情です。) 裁判官 (身を乗り出しています。) 某先生 再度お聞きしますが、契約のとき、契約の相手はあなたの前にいたんですね。 (実は、×年×月×日には、当人は死亡しています。その証拠は提出済みです。) 証人 (なおも強気です。)はい、おりました。
そのあとは、証人に、契約の相手には足がありましたか、と聞くかどうかは、好みの問題です。
某先生は、聞いてみました。
証人は、ありましたっ、と元気よく答えました。
ふと見れば、裁判官は、笑いをかみ殺すのに必死です。
3.このように反対尋問の際のネタがあるときは、そのネタが活きるように、あとで証人が証言を変更しないように、証言を固めます。ここまでが、仕掛けです。そして、証人の客観的証拠と矛盾する証言を引き出します。これが証人を追い込むことです。そして、最後に、おもむろに、ネタをしめして、その矛盾点を突くのです。こうやって、獲物を仕留めます。
ネタを見せられて、証人が前言を撤回すると、例えば、先の例で、いや実際の契約は何年かあとでした、と言えば、某先生は、あなたはそのとき、これこれのニュースを見たと先ほど証言なさったではないですか、とさらに追求します。
証人が、印紙を貼ったのは、契約のあとだと言い出したら、某先生は、あなたはその日印紙を買ってきて、それを貼ったとおっしゃったではないですか、と問い質します。
反対尋問の構図は、刑事事件も民事事件も、基本的には同じです。
実際の証人調べでは、ネタのあることは稀です。そこで、ネタを求めて模索的質問をすることもあります。そのときは、多くの裁判官は、退屈そうです。
模索的質問の中には、結局、使われることなく終わる質問もあります。裁判官には、こんな質問をする弁護士は馬鹿だなあと思われていることでしょう。早く核心部分を聞いてくれよと怒っている裁判官もいます。
裁判員裁判になったら、反対尋問についても周囲から攻めていって最後に核心的な質問をする方法をやめて、最初から核心的な質問をするよう求める裁判官がいます。そのような質問で、反対尋問が成功するはずがないのです。公判廷での証言によって心証をとるという公判中心主義が、裁判官に理解されていない、ということです。ここにも公判廷での証言からではなく、検事の作った調書で事実を認定するという調書裁判の弊害が現れています。
さあ、反対尋問の肝を知り、裁判員になったあなたは、弁護士が今、何を考えて質問をしているのか、考えながら見ることができます。ネタをさがしているのかな、罠を仕掛けて、獲物を追い込み、仕留めることのどの段階かな、などと。
裁判官が、弁護士の質問にどのように対応するか、何故なのか、ということも。
ときに人生は芝居だと言われます。そうだとしたら、裁判は、劇中劇でしょうか。