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平成21(2009)年5月のコラム一覧へ戻る

裁判の見所(2)―ストーリーとディテール

執筆 : 代表弁護士 大塚嘉一

1.裁判では、当事者双方の主張が真っ向から対立します。

では一体、どちらの言っていることが正しいのでしょうか。

話の筋がとおっていること、すなわちストーリーが自然で納得できることが必要です。

それに、背景や、証拠などのディテールが一致すれば、事実と認めてもいいでしょう。

2.殺人事件では、殺すつもりがあったがどうか(殺意)の存在について争いになることが多くあります。

これまでの裁判では、裁判官は、被告人が凶器を用いていたかどうか、どのような凶器か、仮にナイフだとして、それは被害者の身体のどこに刺さったか、どの方向から、どの程度深く刺さったか、などの事実を検討し、殺意の認定をします。これを間接事実による認定といいます。

殺意という目に見えないものの存否を判断しなければならないのですから、それを推測させる細かな事実に分解して、それを総合して判断する、というわけです。

被告人が、いや、刺すつもりはなかったんだ、と主張しても、裁判官によって殺意が認定されることは大いにあります。

この方法だと、何が殺意のポイントになったかが必ずしもわかりやすくはありません。

場合によっては、あらかじめ裁判官が有罪、無罪の心証をとっておいて、判決書には、自分の都合よい部分を寄せ集めて有罪とする、としか思えない判決書がありました。

3.これに対して、ストーリーで把握する方法というのは、次のようなものです。

被告人は、被害者から相当脅されていた。

大柄な被害者に対して小柄な被告人は、被害者を脅かそうと思って、包丁をもって現場に向かった。

被告人は、包丁を示して、被害者の行動を止めさせようとした。

ところが、被害者はおびえるどころか、被告人に突っかかってきた。

そしてもみ合っているうちに、包丁が、被害者の腹に刺さってしまった。

殺すつもりは、最初からなかった。

このようなストーリーでは、被告人に殺意がないという弁明が認められることもありそうです。

被告人の全人格、生活態度、事件の経緯、動機、被害者とのやりとりなどから殺意を認定する方法であって、基本的に妥当な手法です。

現在、裁判員裁判を推進するために、日弁連では、このストーリーでの判断の方法を普及させようと努力しています。


間接事実による判断と、ストーリーによる判断は矛盾するものではないと、私は思います。

先ほどの例でも、もみ合ってできた傷かどうか、傷の部位、程度、刃の入った方向などの間接事実がストーリーに合致するものである場合、説得力は増すはずだからです。


裁判員裁判では、弁護人が冒頭陳述をするのが一般的になりそうです。

冒頭陳述とは、検察官なり弁護人が、これから立証しようとする事実を述べることです。

裁判員は、それを手がかりに、そのストーリーと証拠の整合性について、自分の知識、経験を活かして、検討することができるはずです。そしてどちらのストーリーが、客観的な証拠等と適合し、合理的かを判断することになります。

その際、裁判員が、それまでの人生で積み重ねてきた経験が、貴重な財産となります。裁判官の認識を変えるような意見が飛び出すかもしれません。

4.民事事件でも、原告と被告の主張は異なります。裁判官は、どちらの主張が妥当かを検討することになります。

本人も気づかなかったストーリーを、しかも依頼者に有利な、ディテールにも合致するストーリーを発見するのも、有能な弁護士の大切な役目です。

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