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平成22(2010)年4月のコラム一覧へ戻る

21世紀の実存主義
−鳩山首相の「友愛」をめぐる考察−

執筆 : 代表弁護士 大塚嘉一

1.鳩山首相は、「友愛」を旗印にしています。

友愛。なんと美しい言葉でしょう。

しかし、数学者の藤原正彦が指摘するように、人と人、国と国との間に友愛が必要とされるのは、そこに潜在的な利害の対立があるからです。

それを看過した友愛は、空虚です。それどころか害悪でさえあります。

首相の論文「私の政治哲学」には、首相の祖父鳩山一郎がクーデンホフ・カレルギーの著書を翻訳したときに、フランス革命のスローガンである自由、平等、博愛の、博愛を友愛と訳したことを紹介しながら、それが革命の旗印ともなった「戦闘的概念」である、と書かれています。

しかし鳩山首相の言動からは、友愛の背後にある敵対関係を考慮している様子が窺えません。

同論文は、ゴーストライターの手になるものなのでしょうか。

2.ダーウィンが発見し、その後メンデルの遺伝の法則で補強され、ワトソンとクリックのDNAの発見が決定打となった現代の進化論から明らかなように、人間は全く他の動物と同様に進化の産物です。

人間は、その内部から、繁殖せよとの指令を受けています。これを、ドーキンス流に利己的遺伝子の働きと言ってもいいのですが、「利己的」というのはちょっと擬人化が過ぎるのが難点です。

他の動物と異なるのは、人間には、強力な利他行動が組み込まれている点です。自分の命を犠牲にしても、集団内の他の個体を助けることがあります。これは単純な利己的遺伝子の理論では説明がつきません。そこで、血縁関係であるとか(自分と血縁関係のある個体が生き残れば、自分の遺伝子の何分の一かが生き残るから。)、互酬的利他関係(協力しあうことによって生存率を高めるから。)などの理論がありますが、まだまだ熱い論戦の最中です。

その中にあって、報酬と制裁によって集団内の利他的行為が説明できることを示す進化ゲーム理論は、注目に値します。

そのような社会的拘束は、やはりドーキンスによって、ミームと呼ばれています。ミームとは何か。そもそもミームと呼ばれるものがあるかが、大いに議論されていますが、どう呼ぼうと、そのような社会的実体があることは否定できないと思います。

3.人間は、その内部から遺伝子の、外部からミームの声が響き、それに呪縛されています。

遺伝子の呪いは、穏やかな例で言えば、ダイエットの困難です。シビアには、他の人間を犠牲にしても生き延びることを求める性向です。そのためには、嘘もつきます。その嘘が見破られないように、自分に対しても嘘をつき、それに気づかないようになっているようです。「自己欺瞞」です。かつては、そのように自己の認識を無意識に変えてしまうことから、「合理化」と言われていました。

ミームの問題は、個人と共同体との緊張関係、集団と集団との関係全てがそうであると言えます。ミームの典型例である権力関係、通貨、言語は、自然界にもともとある天然自然のものではなく、人間が作り出したものではありますが、それは、個人を社会の中に位置づけると同時に、社会から排除する道具ともなります。

ミームは、自分の集団のために他の集団を犠牲にするようになっているようです。 大虐殺は、集団と集団の対立において、圧倒的な力の差があるときに起こりがちであることが報告されています。

個人は、遺伝子の命ずるまま、ミームの指し示すまま行動できれば、快感を得ることができます。そのように、進化の過程は、人間を作り上げたからです。しかし、そこには、人間の尊厳はありません。

遺伝子やミームの提供する快感に反逆して、理想を追及することに、人間の道徳的価値があります。

かつては適応的であった脂肪分を蓄積しようとする傾向は、食物の豊富な時代には肥満をもたらすだけです。同様に、自集団の利益のために他集団を排除し、絶滅することは、かつては自集団の生き残りのために必要であったかもしれませんが、現代においては全人類を滅亡に導く可能性があります。

人間は、生まれ成長する過程で、他の人間との関係を築き、食物、衣料、燃料などの物質を取り込み、利用しながら成人し、繁殖のために新たな人間を生み出します。

我々は、デカルト以降、身体と精神を分けて考えることが癖になっていますが、進化論の洗礼を受けた我々現代人は、アリストテレスに立ち返り、身体と精神を区別せず、食物摂取などを通じて物質との関わりを持ち、自己の卓越性を示すために活動する、そのようなものとしての「魂」を考えるべきなのです。

地球という限られた環境の中で、世界中に人間が殺しあうことなく生活する。そのようなことを可能にする「魂」を、養い育てることが、我々現代人個々人に課せられた課題なのです。

4.しかし、その課題を果たすことは容易ではありません。

ミームが、利己的遺伝子の働きを取り込んだとき、個人は、これに抗うことが困難となります。

そして、そのような事態は、すでに存在し、利用されています。

政治的プロパガンダと商業公告がそれです。

そこには、集団心理学、認知心理学、進化心理学など進化論に関連する学問の成果が、盛り込まれ、応用されています。レトリックが悪用されています。

すでに、知識のある人間に、そうでない人間が操られているという事態は発生しているのです。

我々は、我々の理性が、非常に限定されているものであること、遺伝子やミームに操られやすいこと、そしてそれを利用しようとする者がいることを、充分に認識する必要があります。

我々は、騙されない有権者、消費者にならなければなりません。

21世紀の実存主義者、それが我々のあるべき姿なのです。

5.鳩山首相の言動が、あるミームの仕業だとしたら。その業の深さは計り知れません。

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