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平成25(2013)年2月のコラム一覧へ戻る

相続をめぐる最近の法律問題

執筆 : 代表弁護士 大塚嘉一

1.今日は、相続に関連して最近、話題となっている重要な法律問題について、お話をします。体罰、国防軍、原発事故から始めます。それらが、相続とどう関係するんだと、お思いの方もいらっしゃるでしょうが、最後にご説明いたします。みごと、関係付けられましたなら、拍手をお願いいたします。

2.まず、学校での体罰の問題です。

ある高校での体罰が原因で、生徒が自殺するという事件がありました。生徒さんには、本当にお気の毒です。何とかしてあげられなかったのかなと思います。

言うまでもなく、教育基本法により、学校での体罰は禁止されています。

私は、全ての体罰がいけない、とは考えません。その生徒のためを思っての体罰であるなら、許される場合もあると考えています。生徒も、自分を思ってくれての拳骨なのか、自分に関係のない八つ当たりのビンタなのかは、分かるはずです。

その子がもって生まれた天分というものがあるはずです。勉強ができることだけではありません。人に優しくしてあげられること、体力があること、辛抱強く作業ができることなどなども、その子の天分です。

本当に子供のためになると信じているなら、その子が天分を発揮して社会に貢献することができるように成長するために必要なら、暴力を行使することもあっていいと思います。子供の判断力が充分でなく、反発を招くこともあるかもしれませんが、それは覚悟のうえです。腹立ち紛れの暴力などは、論外です。教育とはまったく関係のない愚行、蛮行です。教育の場では、信念の鉄拳であってほしいと思います。

3.次に、国防軍についてです。

最近、改めて、憲法9条と軍隊の関係が問題となっています。私は、国防軍と言おうが、何と言おうが、自国の自衛のための軍備は必要だと考えます。

日本の場合、憲法9条を改正する必要があるのか、解釈でいけるのか。共同の軍事行動の可否。核兵器を持つこと、などなど、論ずるべきテーマは、たくさんあります。

具体的に、どの程度の軍備をもつべきかは、周囲の状況によります。守るべきものは何か、何を実現したいのか、それを妨げるものは何かを考えれば、自ずと見えてくるはずです。

日本人は、東日本大地震のような千年に一度の災害であっても、暴動一つ起こさなかったこと、フクシマ50の活躍など、冷静に対処できる民度を持っています。日本の義務教育、健康保険、各種セーフティーネット、科学、産業など、まだまだ不十分とはいえ、世界からみたら、相当の「資産」といえるはずです。先人の努力の賜物です。日本に生れた、日本に住んでいるというだけで、我々は既に恵まれているということができるのです。

日本は、かつて軍国主義でありました。当時は、欧米の列強の支配を撥ね付けるために必要な軍備でした。確かに力を恃みに行き過ぎた点があったかもしれません。しかし、アジアにおける白人の植民地支配を終わらせたのは事実です。アメリカでさえ、それ以降、領土的野心を捨て去りました。もっとも、領土よりも有効な支配の方法、すなわち産業、金融などによる支配に方向転換をしただけとも言えますが。我われ日本人は、アジアを解放したと声高に主張する権利はないとしても、そうなったのは日本人のおかげだと言ってくれる人があれば、微笑みをもって返すことは許されるのではないでしょうか。

近時の、領土的野心を隠そうとしない近隣の国々には、全人類的な、普遍的な理想、理念があるのでしょうか。疑問なしとしません。

軍備の備えのない平和主義は空虚であり、平和主義の理想に導かれることのない軍備は危険です。

4.そして、福島第一原発事故です。

原子力損害賠償法では、事業者が無過失責任を負うこととなっています。ただし天変地異の場合を除くことになっています。同時に、国は、援助する義務を負うことになります。

ところが、事故から、すでに2年近くが経過し、未だに収束の目処がたっていません。

私は、今回の事故の処理については、国が責任をもって予算を立て、世界中の英知を結集して、対処するべきだと考えます。東電の経営陣には、責任をとってもらうことは当然の前提です。これから同様の事故を起こさないためです。

最大余震が、現時点では、まだないことは奇跡かとも思います。

全人類、全世界に影響を及ぼす事態であるからには、一企業に任せるのではなく、一刻も早く、日本国が責任をもってやるべきことです。そのためには、税金が増えたとしても、日本国民は喜んで応じると信じています。

私は、原発を即時にゼロにするという意見には反対です。文字通り原発から一切手を引くとなると、直ぐに暴走してしまうわけですから、廃炉にするにしろ、手順があります。これまで以上に危険性に真剣に向き合い、安全性の確保につとめながら、危険なものから終わらせていく、場合によっては、安全性を高めた新型の原子炉の開発、設置もあってもいいと考えています。これから同様の事故を起こさないためです。 日本に原発が導入されたときから、この国は地震国であることは、誰でも知っていることでした。それにも拘わらず、原発に積極的に取り組んだ先人たちの危機感、情熱を、私は否定することができません。日本がエネルギー資源に乏しく、エネルギー問題に脆弱であるという条件は、今も変わらない事実です。加えて、日本一国が原発を全廃しても、外国が廃止せず、事故を起こすことはありえます。むしろ、日本は、より安全な原発の開発、運用のノウハウなどを売りにできるのではないでしょうか。それが、国際社会に貢献することにもつながるのではないでしょうか。

5. さて、相続の問題ですが、相続税法の改正が予定されています。相続税が発生する範囲を拡大することが計画されています。これまで、基本控除額は、5000万円+1000万円×法定相続人の数、でした。改正後は、3000万円+600万円×法定相続人の数、となります。都市部を中心に、自宅土地建物を所有することで、相続税が発生するケースが増えそうです。

そのほか、相続税額の増額も予定されています。

6.相続の際に、気をつけなければならないこととして、通常、次の3つのポイントがあると言われています。

@相続税の節税、A納税資金の手当、B遺産分割、です。

問題は、Bの遺産分割です。@やAには、万全をきしていながら、肝心のBが首尾よくいかない場合には、せっかくの@やAの対策が水泡に帰する、ということになりかねません。

7.遺産分割で争いにならないようにするためには、遺留分に気をつける必要があります。

遺言のない場合、すなわち法定相続の原則は、法定相続分が次のようになります。

相続人が配偶者と子の場合、配偶者2分の1、子2分の1(子が2人のときは各人が4分の1)。

相続人が配偶者と尊属の場合、配偶者3分の2、尊属3分の1。

相続人が配偶者と兄弟姉妹の場合、配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1。

これに対して、被相続人が遺言をした場合、遺言によって遺留分を侵害された相続人は受遺留者・受贈者に対して遺留分の減殺請求権(取り戻す権利)を有することになります。遺留分の割合は、法定相続分の2分の1となります。法定相続分が2分の1の場合、遺留分は、4分の1となります。実際の遺留分の額の計算は、生前贈与(特別受益)等も考慮され複雑です。

遺留分権利者は子、その代襲者、配偶者及び直系尊属がなります。兄弟姉妹とその代襲者には遺留分はありません。

紛争を未然に防止するためには、遺留分に配慮しながら遺言をすることが肝要です。例えば妻と子一人を残して亡くなったとき、妻に遺産全部を相続させたいとしても、子の取得分として遺留分4分の1を予め遺言で指定して、妻の取得分4分の3としておけば、子はそれについては争えないことになります。

8.相続税を節税し、納税資金の手当もでき、上手な遺産分割のあてもある、としても充分ではありません。

人間は、稼いだ金は生きているうちに全部使い切ってしまえばいい、という考えもありそうですが、子供をもってみると、残せるものがあるなら、残してあげたいと思います。

そこで、一番大事なので、お金ではなく、教育なのではないでしょうか。学校の勉強だけでなく、自分を大事にすること、仲間と競争しながらも協調できること、生き抜くための社会的スキルの習得、社会に貢献できること。もし、何か持って生れてきたのであれば、その才能、能力を伸ばしてあげたい。

人を作るのが先で、財産を残すのはそのあとの話だと思うのです。そうでないと、本人が浪費してしまったり、人に騙されたりして財産を失ってしまうことにもなりかねません。

さらに、その能力をいかす仕事、仲間、環境がなければ意味がありません。人は、どこに行っても、一人でいきているわけではありません。

結局、子孫に何を残すかと考えた場合、その才能を発揮して社会に貢献できるための、よい教育を、さらにその才能を発揮する場としての、よい環境を残すことが重要であることに気づきます。

良い自然環境、社会構成員が平和に共存できるような社会を残すようにしなければ、相続の問題は完結しないということなのだと思います。

財産を残すことだけではなく、教育問題、防衛問題や、原発問題を真剣に考えることが、子供たちにバトンを渡す者たちの責任なのだと思います。それも、相続を考える、ということなのだと思います。

たくさんの拍手をありがとうございます。

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