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裁判員制度 守秘義務課すのは憲法違反
大塚嘉一(おおつかよしかず)弁護士
初出:「私の視点」朝日新聞 2009(平成21)年5月2日
5月21日の開始を前に、すでに裁判員候補者に選ばれたとの通知を裁判所から受け取った人も多いであろう。私の周りにもいる。しかし実は、裁判員法は、自分が裁判員候補者であると言うことを含め、同候補者の氏名など個人を特定できる情報を公にすることを禁じている。さらに同法は裁判員に、評議の経過・内容と職務上知りえた秘密などについて広範囲に主義義務を課しており、その違反に対しては、罰金のほか懲役まで罰則がある。
裁判員制度は、国民の司法に対する信頼を高めるために誕生した。対立する主張を公正な手続きを経て、議論を通じて解決することを経験した裁判員は、国民の宝である。裁判員が評議の場で議論した内容を公に発表することは、やがて我々が公共の場で討論することを活性化し、我々の自己統治の能力を高めるはずだ。ことは21世紀の日本の運命に関わるのである。
裁判員には自由な発言の場を与えることが必要だ。例えば、米国の陪審員は評決にいたるまでは、評議の内容を外部の者に話すことは禁止されているが、評決後は、自由に話すことが許される。O・J・シンプソン裁判の際も、判決後に陪審員がマスコミのインタビューを受けていた。
実務上も、裁判官から裁判員に対して行なわれる無罪推定の原則などの説示は、非常に重要だが、評議の場で違法、不適切な説示が行われたときは、それが明らかにされなければ、是正の機会もないことになる。裁判官が裁判員の意見を聴こうとしていたか、威圧的であったかなども、今後の裁判員制度を考えるうえで、重要な情報である。裁判員が口を閉ざしては、刑事法を研究している研究者は、第一次資料にアクセスできないこととなり、学問上の進歩も望めない。マスコミは、裁判員の共同記者会見の実現向けて最高裁と協議をしているようだが、これで国民の知る権利が保障されることになるとは限らない。裁判員制度は、実施の三年後に見直しが予定されているが、そのときに参考とするべき情報は、どのように集約するのだろうか。
このように裁判員の守秘義務には様々な弊害が予想されるが、私は、そもそも裁判員に守秘義務を課すのは憲法違反だと考える。政治思想家ハンナ・アーレントが主張するように、国民の国政に参加する権利は公的な領域で自己を開示する重要な権利として国民の幸福追求権の内容をなす。その背景には、古代ギリシャのアテネであった、公の場で自分の意見を表明する権利の保障と言いう経験がある。裁判員制度は国民の司法参加の重要な部分であり、裁判員に広範囲に守秘義務を課する規定は、日本国憲法第13条に違反し無効だ。