2010.01.30

大塚 嘉一

星の友情

1.星の友情。星辰の友情、とも。

ニーチェの「悦ばしき知識」の第279節です。

二人は、かつて友達同士であったが今は疎遠となった二艘の船である。今は別々の航路を行くが、そうなったのは、我々を超越し支配する法則のためだ。それゆえ、我々は、お互いを尊敬し合うべきである。おそらくは、我々の道程が含まれるような、星の軌道があるのだ。しかし、その高みにまで至るには、我々の生は余りに短く、その視力は余りに弱い。それゆえ、我々は、地上においては敵同士であっても、星の友情を信じよう。(抄訳)

地上においては、敵同士であっても、というところがポイントです。

ニーチェの全著作を通じて、その思想の白眉である、そう私は思います。ニーチェの思想の最大の難問である無目的なニヒリズムと意欲的な自己実現との矛盾を解消する術が述べられているからです。

2.茂木健一郎が、星の友情について語っています(「人は死ぬから生きられる」新潮社2009)。

彼は、対談相手の僧侶に、茂木の主張するクオリアというのは、科学というより宗教だと言われて感激してしまいます。そして、その僧侶に星の友情を感じると告白します。

茂木のいう星の友情は、まるで仲良しクラブの馴れ合いのようなもので、ニーチェの訴えた星の友情とは、全く違うものです。

ニーチェの星の友情とは何か。

例えば、マックス・ウェーバーが、「職業としての政治」中で述べている、戦争に負けた者の心構えが、それに近いのではないでしょうか。

戦争の敗者は、本当は戦争をしたくなかったなど、言い訳をするべきではない。正々堂々と自分の利害のために戦って負けたのである。勝者といえども、自分の利害のために戦ったまでである。それゆえ双方は、戦争後の処理について話し合いを始めるべきであって、どちらが良い悪いという話をするべきではない、と。

ウェーバーが、そう述べるとき、ニーチェの星の友情を思い浮かべていたに違いありません。

3.社会生物学の知見によれば、我々は、遺伝子が繁殖するために利用されているただの乗り物です。さらに、社会の構成員として、文化や習慣などのミームに拘束されます。個人は、遺伝子やミームの法則によって衝き動かされています。そこに、自由意志はあるのでしょうか。遺伝子や、文化・習慣に抗って、自分を主張できたとき、それこそが、本当の自分ということができそうです。それさえも、宇宙の法則だと言われれば、さらにそれに反逆することを考えることができます。

宇宙は、137億年前に、ビッグバンによって誕生し、その後、太陽ができては爆発し、出来ては爆発して、地球にある鉄を初めとする、水素より重い元素ができたそうです。宇宙物理学者を信じるなら、我々の身体は、文字通り、星屑でできているのです。

あと何億年かすると、地球は膨張する太陽に飲み込まれてしまいます。

そして、我々は、再び、ともに天空に星と輝くのです。敵も、動物も、物も。

ニーチェが、このことを知ったら、喜びそうです。19世紀の天才は、その後の科学者たちの発見を予見していたかのようです。

4.星の友情は、一見すると、敵対するかのように見える者同士に、共通するものがありうることに、気付かせてくれます。

敵は、人間だけではなく、野獣や病原菌などの生物、災害をもたらす自然もそうです。対立する者あるいは物を統べる宇宙の法則があるのかも知れません。

そうであればこそ、それを想うことによって、我々は、安んじて、遺伝子やミームや宇宙の法則に反逆することを考えることができます。

そして、真剣に争い、その相手に友情を感じることさえも。

ニーチェの星の友情の相手については、かつては音楽家のワーグナーであるとされ、最近ではサロメと三角関係にあった親友のレーではないかと言われています。しかし、私は、ニーチェは、もっと普遍的な主張をしているのだと考えたい。

我々が反逆するために、宇宙は、ある。

Summary

Star friendship

OTSUKA Yoshikazu

Nietzsche said in The Gay Science as below in brief.

We were friends and have become estranged. We are two ships, each of which has its own goal and course. That we had to become estranged is the law above us. So we should come to have more respect for each other. There is probably a stellar orbit in which our goals and courses are included parts of it. But our life is too short and our vision too weak to rise to this thought. Let us then believe in our star friendship even if we must be earth enemies.

I think this passage is the best of all his works because he explains his attitude for his outwardly contradictory thought of nihilism and the will to power.

MOGI Kennichiro misunderstands the meaning of the star friendship, and treats it as if it is on close friends.

It exists on enemies. Max Weber rightly said that a loser and a winner in a war had to respect each others. He certainly imagined the star friendship.

We are restricted by the law of genes and memes above us. But we can rebel the law.

The physicists say that we are literally all stardust and will become extinct and shine again with the sun in the future. That is also the law of the universe.

The universe is here in front of us so that we rebel against it.